August 13, 2010

カガメ大統領の再選

「ホテル・ルワンダ」という映画があったの、覚えてます? 1994年、ルワンダのツチ族とフツ族(「族」という表現は差別的だという批判もあるようですが、言葉狩りをしても仕方ないのでそのままにしておきます)の対立が先鋭化して、フツ族によるツチ族の「民族浄化」が勃発、そんな中でフツ族のホテル支配人がツチ族の人々をなんとかして守ろうとした必死の行動を描いた映画です。実際に起こった悲惨な出来事なんですけど、「残酷でしょう?かわいそうでしょう?」っていう扇情的な演出を避けて、比較的さらっと描いたのが逆にリアルさを際立たせていた映画だったように覚えています。

日本ではメジャーな配給会社による上映がなく、あまり日の目を見ないままお蔵入りになりそうだったところだったのに、この映画はもっと広く公開されるべきだという市民運動、署名活動が拡大して、結果的にそれなりのヒット作になったという経緯も興味深かったですね。

そのルワンダなんですけど、第二次世界大戦後では最悪と言われた民族浄化からほんの15年しか経っていないのに、首都キガリはいまやアフリカでもっとも治安がよく、成長著しい注目の都市になってます。スタバを彷彿とさせるような清潔でシャレたカフェなんかも繁盛しているし、インターネットの普及率も高いなんていう話を聞きました。

その立役者がカガメ大統領。私がカガメ大統領がしゃべるのをちゃんとテレビでみたのでは、ユアン・マクレガーがアフリカ大陸をバイクで縦断するという番組でルワンダを通ったときに、妙に気さくにユアンの訪問を受け入れていた時でした。カガメ大統領はユアンを自宅に案内し、大統領がここまで私邸の中をテレビに映させてよいのかしらん?とか思ったの覚えてますよ。細身でひょろっとした体躯で、哲学者然とした語り口が好感を持てました。

民族浄化、国民同士が殺し合いをやった後の初代大統領ですから、悩みも深く、やることも多く、こういう思慮深い賢人宰相型の大統領がふさわしいんだろうなぁとも思った。

*   *   *

ルワンダの大統領の任期は7年。先週大統領選挙が実施され、カガメ大統領は93%の支持を集めて再選されました。まあ、普通に見てれば順当な結果だなと思います。

ただ、ですね。

選挙前から、あまり気持ちのよくないなニュースがぱらぱらと流れてきたのです。まず、カガメ大統領の対立候補で有力な人物は、ことごとく選挙に立てなくなっている。ある者は逮捕拘束され、ある者は被選挙権を停止され、またある者は暗殺されている。メディアの締め付けも厳しく、大統領与党の批判は事実上行えない状態になっているらしい。まあ、ジェノサイドからたった15年でここまで経済を回復させ、社会を安定させた功績は大きいので、批判しにくいカリスマになっているとは想像されますけど、それでも当局が批判を封じてしまっているという情報はちょっと気になる。

で、こないだBBCのインタビュー番組に出ていたカガメ政権の女性の外務大臣は、「ルワンダの悲惨な過去は、過去とはいえまだつい先頃の話で、こういう情勢では民主主義よりも国民の和解を優先せざるを得ない、そのためにある程度強権的な政権運営はやむを得ない」というったような趣旨の発言をしていたんですよね。事実上、反対派の弾圧を認める発言に聞こえた。

うーん。

アフリカをはじめ、世界の脆弱国家を見てみると、民主主義の実践が最前の解決策で、絶対的に正しいと断言できない実情があるのは、確かにそうなんですよね。特に、欧米の主張するように厳密に自由で公正な選挙に実施が絶対的に正しい、とは言い切れないところがある。現に、東南アジアは今でこそ繁栄を享受し、いろいろ不都合はありながらもとりあえず民主的な制度と認められる程度のことはやっているけど、ついこの前まではどこも開発独裁の国ばっかりだったわけです。国民の教育水準とか、経済水準とかがある程度の条件を満たさないと、自由選挙が社会の安定を逆に損なうことも多くて、スタートラインに立つまではある程度強引な政権運営が必要だったりする。

一種の哲人政治だと思うんですよね。Wikipediaによると、哲人政治とは「哲人王を統治者とする独裁政治体制の一種」とある。マルコスが、スハルトが、リー・クアンユーが、マハティールが「哲人王」であったかどうかは議論の分かれるところでしょうが、開発独裁は衆愚政治を避けるためのひとつの解決策であったともいえる。民主政治をやっても衆愚政治に陥らないところまできて、初めて自由で公正な選挙をやれるのかもしれない。哲人王というよりは、私欲のために国家を利用しただけの僭主だった支配者もあまたいるんですけど、開発独裁は過渡的体制として機能したことも確かだと思う。

カガメ大統領の哲学者然とした人物像と大統領第一期目は業績は、カガメ大統領を事実上の哲人王、少なくとも開発独裁と見なすに足るものなのだろうか。先週の大統領選挙は、カガメ大統領を哲人宰相と認証するための儀式だったのだろうか。

思い起こすのは、ジンバブエのムガベ大統領。30年前のジンバブエ独立は、人種差別政策をとってイギリスがら一方的に独立宣言をしていた南ローデシアのスミス政権を、ムガベ氏らが率いる愛国戦線が打倒して獲得したものなんですよね。独立後のジンバブエは人種差別の撤廃を打ち出し、現に当時の内閣には白人の大臣もいた(って、現在もジンバブエの教育大臣は白人なんですけど)。イギリスはムガベ氏の業績を高く評価し、「Sir」の称号まで送っている。

ところが30年後の今はどうか。1980年代の黄金時代はどこへやら、政権幹部は私利私欲に走り、経済は崩壊し、国際社会からは孤立し、民主的とはおよそ言えない選挙ばかりを繰り返し、白人・欧米を露骨に敵視し、英連邦からは脱退し、推しも推されぬ世界の問題児です。ムガベ氏だって哲人王かと思われた時代もあったのに、です。

対照的な南アフリカのマンデラ氏の例もある。高齢だったというのもあるのでしょうが、デクラーク政権で最後になった白人政権を清算して新・南アフリカの礎を築いたところの早い段階で後任を立て、民主的な選挙で後任の大統領が選ばれる環境を作った。いまや神格化されたマンデラ氏を批判することは御法度になっているし、哲人王のまま晩年を迎えていらっしゃる。(実際には縁故主義の問題もあったらしいんですけど、もはやだれもそんなこと口に出せないでしょうね。)

カガメ大統領はどういう道を進むのか。今のルワンダ経済の好調ぶりを見ていると、そう遠くないうちに西側諸国が標準的と認めうる民主主義の実践が可能なスタートラインに達するかもしれない。そのとき、カガメ大統領は自由で公正な普通選挙を実施できるのだろうか。

とりあえず、大統領二期目の任期の新しい7年が始まりました。今後の動きが気になります。

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